閻魔の色事
きっと1年前の俺が聞いたらまず信じないだろう。 それどころか同じ教室に机を並べて、挙句はバレーをやらされていた頃の俺ですら信じない。 3年になってから妙縁でつるむ事が増えた。 同じ教室に始まり、馴染みのゲーセン、果ては俺の家。 急速に距離が縮まった結果が、今、隣で間抜け面と腹を晒して無防備に寝ているこの神崎だ。 空が白み始めた頃、最近の習慣で勝手に目が覚めた。 寝起きでまだ血が巡ぐっていない気だるい体を強引に起こして、まずはバカの寝相を直してやる。 神崎はガタイの無さを気にして一回り大きいサイズの服を選ぶ。そのせいで朝方には腹を晒す羽目になる。あれだ。旅館で着慣れない浴衣で寝て、翌朝に帯だけ残して肌蹴てる的なサービスを神崎は毎日してくれているのだ。 とはいえ冬も始まる頃、季節の変わり目に腹を晒していては流石のバカでも風邪を引く。 胸まで捲れた服を引き下ろして、足に引っ掛けただけになっているブランケットを肩まで掛け直してやると、煙たそうに首を振って蹴飛ばしてしまう。 子供さながらな神崎が可愛くて仕方が無い。 言葉にすると悪寒はするが、悔しい事に事実だ。 神崎が俺へ寝返りを打つだけで心臓が跳ねる。 いつも威嚇の為に寄せている眉も寝ている時は穏やかな八の字を描き、年相応を越えて逆に幼い印象を受ける。 薄手のブランケットでも蹴飛ばすぐらいだ、暑いらしい。 枕元に放り投げられたリモコンでエアコンの設定温度を下げ、また枕元に投げ捨てた。 じんわり滲む額の汗に張り付いた前髪を後ろに流してやる。 「ん……」 どうやら構い過ぎたみたいだ。 まどろんだ目がしぱしぱ瞬きをして俺を見上げた。 「……いまなんじ?」 「5時ぐれーだな。寝てろ」 目を擦りながら体を起こす神崎の頭を枕へ押し付ける。 「んだよ、扱い雑じゃね」 「俺に大事にされたいの?お前」 頭を押さえつけたついでに、寝癖が付いた髪をなでてやる。 すぐ跳ね除けられると思いきや――、 「されたい」 なんてほざいて両腕を俺の腰に回してギュウとしがみついてくる。これが可愛くなくてなんだっつーんだ。てか同じ男なら腰に抱きつかれたらどーなるかぐらい判ってんだろうに。 いや、判っていてやるあざとさがあってもいいんだけど。 「どう大事にされてーの?」 これがそこらの女なら、やれ何を買えだのリゾートに連れてけだの下心が見える言葉が続くが、神崎は俺に乗り上げ首筋を甘噛みをして「毎日かまえ」なんてイタズラっぽく笑う。 噛まれた首筋にチリついた痛みを感じながら随分表情が豊かになったもんだ。と改めて思う。 これがつい最近まで、ヤクザ者丸出しの刺すような目を向けてきた奴かと思うと凄い変化だ。 「オイコラ噛むな。跡になんだろーが」 「なってもいいじゃん」 頭を引き離しても、また首筋に顔を埋めて来る。 俺がキスマークを付けようものなら烈火の如く怒る癖になんて勝手な奴だ。というより不公平だ。俺だって付けたいし、神崎は俺のだって周りに分からせたい。 「じゃあ俺もお前につけてーんだけど」 「ダメ。オレがお前に付けるのだけ許す」 「何その俺様ルール」 「だってお前オレの事バカみてえに好きじゃん」 俺を小馬鹿にして笑う神崎の頬を軽くひっぱると今度は柔和にへらへらと笑う。 こうやって構っていれば神崎は機嫌がいい。 どのぐらいの機嫌のよさかというとヨーグルッチを与えた時とほぼ同等。俺も相当気に入られたもんだ。 「起きるか?」 もう目も覚めただろうし、きっと腹が減っているんだろう。抗議も虚しくガジガジ人の首筋を食み続ける神崎の頭をぽんと軽く叩く。 「いや、寝る」 「寝んのかよ」 「お前のせいで寝たの遅いし」 パッと未練なく俺から離れて、枕に顔を埋めるとブランケットを頭からすっぽり被った。顔見せろよ、とブランケットをずり下げるも寒いからと被りなおしてしまう。 忙しい奴だ。枕元に投げたリモコンでエアコンの設定温度を上げてやった。 「つーか目ェ覚めてんじゃん。俺にも構わせろよ」 「城山に言うぞ、姫川が寝かせてくんねえつって」 「城山はやめろ。あいつガチだから」 「だろ?じゃあな。グンナイ」 「下川もやめろ」 しっかりポーズまでコピってあっさり目を閉じてしまう。 しかも、ものの数秒で寝息に落ち着いている。 子供睡眠が恨めしい。 神崎は8時間以上は眠らないと日中も眠そうにしている。 前に朝まで遊んだ翌日、学校で眠気にまどろむ神崎が、 『朝までしつこくヤられて寝かせてもらえなかった』 そう零した次の瞬間、城山の拳が俺の頬をかすめていった。殺気がスゴすぎて避けれたがよく避けれたわ俺。なんせその殺気でベル坊が歓喜の雄たけびを上げるほどだ。 で、こっちもいつも眠そうにしてる男鹿がベル坊の声で起こされて俺にガンをくれてくる。 さらには『神崎さんを大事にしてほしい』と城山が男泣きを始めて教室中の注目を浴びる始末。女子共からDVだのモラハラだの避難の目で蔑まれる中、安全圏で笑いを堪える夏目に居心地の悪さを感じたのは記憶に新しい。 その時は神崎も俺も城山を大げさだとなだめたが、神崎との付き合いが深くなればなるほど城山の言う事も判る。 こんなにも俺に色んな表情を見せるまでに懐いているのだ。このままいけば、ヨーグルッチにも勝てる。もうライバルが乳製品だなんて情けない思いをしなくてもいい。 だからこうして甲斐甲斐しく捲れている服を元に戻してやるし、設定温度だって神崎に合わせてやる。果ては起き抜けにヨーグルッチをやる為にこの俺がパシリに出る。 前日に買えばいいのだが、採れたてのヨーグルッチは旨さが違うとかいう謎の主張もといワガママも聞いてやる。神崎が毎日マジメに学校へ行く理由が朝のヨーグルッチを買うためだと知った時はその情熱を笑った。 そこまで神崎に愛されているライバルを同じぐらい気に入られているこの俺が朝イチで渡したら神崎の朝は幸せに始まる。って事で早朝のパシリは日課になった。 とにかく神崎がうざいと思う以上に大事にしてやる。 夏目と城山に過保護すぎて異常だ、と言った事がある手前、神崎の機嫌をとるために早朝にコンビ二に行く姿なんて絶対見せられない。 セット前の髪を肩で一つ纏めて、財布とスマホだけ持って近所のコンビ二へ。 そんな日々を送る内、『やたら早朝にヨーグルッチだけ買うイケメンがいる』と夕方の店員達が話すのを耳にした。 ここまでくれば上出来だろう。今度城山に大事にしろと泣かれたら、このコンビ二に連れてきて俺の甲斐甲斐しさを思い知らせてやる。 大勢の人間を使う立場の俺が一人のアホに尽くす生活。 俺が美徳とする効率重視で合理主義な生き方には反するが、神崎も神崎らしくないからまぁいいかと思う。 朝の済んだ空気に当てられて鼻歌交じりにライバルが入った袋を提げて神崎が眠る部屋へ帰る。 そんな毎日が楽しいと思う。 それが俺の最近の日常。 END
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